試合が始まって、はやくも1時間30分が経過しようとしていた。 スコアは、白0−0紅。緊迫の投手戦が続く。 回は、早くも8回表を迎えている。なお、この試合では延長はないらしい。 この回の攻撃は、5番の田中からとなっている。 ここまで、全力の投球を続けてきた和田は汗をぬぐっている。 いくら左腕エースと言われていても、強豪の聖都高校打線が相手では疲労も大きい。 しかし、彼のエースとしての意地・・・さらには、河上がかかっているのだから・・・。 和田の負けてたまるか・・・。その意気込みが強豪打線相手に無失点に抑えていた。 キーンッ会心の当たりが二遊間を抜ける。ノーアウトでのランナーが出塁である。和田の疲れは誰の目から見ても明らかだった・・・。 しかし、和田の「負けない。」という強い意志が、和田を生き返らせる。 バシィィッ神崎「ストライークバッターアウトォ!!」気迫の投球で6番である橘を三球三振にきってとる。まさに最後の力を振り絞っているかのようだ。 その後も、和田の気迫の前に7番佐伯のバットはファーストゴロとなり、ダブルプレーとなってしまう。 白組は、せっかくのチャンスを和田の気迫によって抑え込まれてしまった。 一方の紅組の攻撃は、この回は7・8・9の下位打線からである。 しかし、バックのプレーに助けられ、まだまだスタミナは十分の松井が立ちはだかる。 それに、決して打撃のうまいとは言えない小向・神童・和田では、安打を放つことができなかった。 9回の表・・・。ここで、神崎が選手交代を行った。 河上 「紅組。守備位置の変更をお知らせします。投手の和田くんがセンター。 センターの小波くんが投手に入ります。」 これには、小波自身も驚いた。なんといったって、まだ自分の中での答えを見つけていないからだ。 この試合に勝てば夢のスタメンに近づく・・・。しかし、それは河上を手放すことを意味する・・・。 打たれることは簡単である。そうすれば河上は和田先輩の元へはいかないであろう・・・。 しかし、それは今まで頑張ってきた紅組のチームメートに非常に申し訳ない・・・。 俺はどうすればいいのだろう・・・。 そう考えていたとき、マウンドにいたはずの和田が小波のいるセンターまで来ていた。 和田「小波・・・。どうした?交代だぞ?」 どうやら、交代を告げられてからも俺は一歩も動かないでいたらしい。 和田「打たれてもいい。1年だしな・・・。思い切って投げて来い。」 そう言われ、俺はマウンドへ向かった・・・。 いつもは大好きなマウンドへ登る。しかし、今日はこのマウンドの上が嫌だった・・・。 俺の投球で全てが決まってしまう。逃げ出したい。やりたくない・・・。これが正直な気持ちだった。 神崎「プレイ!」 神崎から試合開始が告げられる。しかし、小波の気持ちは落ち着くことはない・・・。 神童(先頭は松井先輩か・・・。コースを突いていけば大丈夫だろう。) 神童がサインを出す。しかし、小波は首を振ることも頷くこともなく投球モーションに入る。 ビシュッ神童(まずいっ!)カキーンッ小波の投じたボールは、ど真ん中へと入ってきた。いくら松井といえど、これを見逃すことはない。打球は、三遊間を勢いよくぬけ、レフト前ヒット。またもやノーアウトのランナーである。 捕手の神童が、マウンド上へ向かって小走りで走っていく。 神童「いつもの投球はどうしたんだよ。あんな棒球投げやがって・・・。」 神童は、いつもの小波の投球を知っているだけあって、今の投球に納得できないでいた。 小波「わーりぃ。緊張しちまって・・・。」 こう答えるのが、今の小波には精一杯だった・・・。 神童「まぁ、次からしまっていこうぜ?この試合に勝って俺達はレギュラーだぜ。」 そう言うと、神童は小波の肩を軽く叩き、戻っていった・・・。 小波(すまん・・・。) この言葉は、誰も聞き取ることができなかった。 ハエの声よりさらに小さく言ったのだから当たり前ではあるが・・・。 小波(もうどうでもいいや・・・なったようにしかならないさ・・・。) 小波の投球は、まさに気持ちここにあらず状態だった。 9番の村山こそ、剛球の小波にタイミングを絞っていただけに、キャッチャーフライに討ち取った。 しかし、続く1番大場。2番織田と、連続安打を許し、1アウト満塁のピンチを迎えてしまう。 そして、バッターボックスには3番海堂が迎え撃つ・・・。 再び、神童がマウンドへ向かう。 神童「いったいどうした・・・。いつものお前らしくもない。」 しかし、俺は何も答えることができなかった・・・。 神童「俺が海堂先輩の裏をかいてやっから。ここしかないってとこに決めて来い。」 しかし、ここでも答えることができなかった・・・。いや、答えないでいた。 と、ここで遠くの外野からも声が聞こえてくる。 小向「翔!今度こそ守ってやるから思いっきりいけぇ!!」 矢部「死んでもヒットにはしないから安心して投げろ!!」 そして、あの和田先輩の声も聞こえる・・・。 和田「エースを目指すならこの場面なんとしてでも抑えてみやがれ!」 そして、内野からも声が聞こえる・・・。 野原「俺達を信用しろ!」 冬野「どんなことしてでも守ってやる!」 乾「お前は全力の球を投げ続けろ!」 桜井「海堂といえど恐れることはないぜ!」 こうした、ナインの励ましも、今の小波には素直に受け取ることができなかった・・・。 小波(みんな・・・ごめん・・・。) 小波の投じた投球は、最初の1球同様ど真ん中に入ってしまう。 カキィィィィンッ海堂の思いっきり振りぬいたボールは絶妙の角度でフェンスに向かっている。小波は、この打たれたボールに振り向くこともなくその場に立ちすくんでいた・・・・。 |
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